久しぶりにブログ記事を書いてみようと思いました。

 最近、英会話の学習を始めて、ちょっとそちらの方に気持ちを集中させていたのでブログが書けなくてなどと、言い訳をさせていただいて……。

 英会話の学習をしていて気づいたことがあります。それは何故、日本人が長い間、英語学習に時間をかけていたのに使えない英語になってしまっていたかということです。

 それは英語の「読む」「聞く」「話す」「書く」と言う行為を同時に進めていかないからではないかと思いました。

 特に「英語で話す」と「英語で書く」ということが大切ではないかと思うのです。

 単純な会話にしても簡単な英文作成にしても、話したり、書いたりすることは、日本的な言葉や文の構造を英語の構造に変える作業を無意識のうちに行うからです。

 勿論、読むことと聞くとことも大変重要でありますが、しかし、それは英語の言葉や文の構造を日本語の構造に変える作業であり、ある意味、自分の都合のいいように解釈してしまったり、想像で補ってしまうことがあるからです。

 だから、英語で話しながら英語の文章を書く。そして、英語を読みながら聞くという行為を同時進行で進めていくことが大事になるのではないかと思いました。

 特に、英語で話したり、英語の作文を書く時は、SVOCやSVOO・不定詞・be動詞・一般動詞等々、日本語にない構造をすごくすごく意識するということが大切だと思いました。

 そんなこともありまして、英作文を書く練習をしようと考えました。しかし、ただ、孤独に英作文を書くのはつまらないので、書いたものをブログに載せることにしました。

 手始めに簡単な文章として「小さな恋のメロディ」を自分なりに英訳してみます。

 

 

グリコのおまけ

 先日、庶民向けの有名な豚カツ屋でトンカツを買った時の事です。私はいつものようにヒレカツ2枚とクリームコロッケ2個を購入しました。料金は1,000円を超えていて、その時は別にと思っていましたが、内心、高いなと思う気持ちもありました。しかし、購入している時は、キャベツをふんだんにおまけとして付けられることや、ポイントがもらえることに気がとられていて、トンカツの料金には関心が向かなかったのです。

 そうです。私は、このお店でトンカツを買う時は、いつも、おまけの方に気がとられてしまうのです。そうして家に帰って、カツを皿に乗せてみると、何だか、カツが少しずつ小さくなっているような気がしました。クリームコロッケも段々、小さくなっているような気がしました。スーパーで購入したものの方が大きくて、具だくさんのように感じますし、実際、そうなのだと思います。

 この店にはもう、20年以上習慣で買い続けていますが、さすがにここまで小さくなって値段が高いままのを買うのはやめた方がいいのかも知れないと思うようになりました。そこでフッと考えてみました。自分が何故こうまでして長い間、このカツに魅せられていたのかということについてです。

 それはやはり、あの大盤振る舞いに、いかにも特別よというように装われたキャベツのせいだったのではないかと思いました。

 その豚カツ屋の店員さんが、いそいそとたくさんのキャベツが入った小袋を、専用のレジ袋のなかへ無造作に投げ込むんでいる仕草に、少しだけ陶酔していました。そんなにたくさんキャベツを付けくれるのですか。悪いですねェというように。

 私は、その時の得した気分が味わいたくて、つい足が向いてしまったのです。

 しかし、最近、豚カツが小さくなる度に私の心に冷静な判断力が芽生えるようになってきました、キャベツを大盤振る舞いすることが、購入させるための匠な技だったのではないかという疑問が湧いてきたのです。

 結局、あのキャベツの存在が店の経営を安定させるための手段だったのではないかと考えました。まんまと罠にはまってしまっていたのだなと結論付けました。

 

 おまけと言うと、もう一つ思い出すことがあります。それは子供のころによく購入したグリコのキャラメルについていたおまけのことです。グリコと言えば、あの両手を上げているスポーツ選手が描かれている赤い箱のパッケージが有名なキャラメルです。当時は確か6個入っていて10円だったと思います。それがやがて20円になりましたが……。

 そこには必ずキャラメルはこの上に小さな白い箱がついていていました。その小さな白い箱の中には、プラスチックでできた小さなおもちゃが入っていました。

 このキャラメルを買う時は、そのオモチャが何かということがとても気になり、開ける瞬間が楽しみでした。オモチャの種類はが豊富で、同じオモチャになることはあまりありませんでした。

 キャラメルよりもオモチャ欲しさに購入しているといってもいいくらい、オモチャを取り出す時の興奮が忘れられなかった。

 最近の子供は、そういったおまけのオモチャに魅せられることはないのだろうか?おまけで惹かれてくる子供は少なくなってしまった。

 ものが溢れていて、何でも手に入ると、人はそういったことに興味がなくなってしまうのかも知れない。

 それでもグリコのおまけは私の中に強烈な印象として残っている。

 

グーグルの神様

       ******グーグルの神様*******

 

 いつものショッピングアーケードで買い物をして、交差点を渡ろうとした時の事だ。それまで、下を向いてスマホをいじっていたのだが、信号が何色かを確認しようとして頭を上げた瞬間だ。

 何と私はそこでグーグルの神様と目が合ってしまったのだ。

 グーグルの神様とは、つまりストリートビューを撮影するあのカメラのことなのだが、私には神様の眼に見えた。慌てて自分の顔が映らないように再び頭を下げて、神様が通り過ぎるのを息を殺して待った。

 しかも、そのカメラは車で移動しているものとばかり思っていたのだが、その時は登山に行くような格好をした男性がリュックに神様を入れて背負っていたのである。

 それも何食わぬ顔をして、これから山にでも出かけようとしているかのように装っていた。

 交差点にはたくさんの人々が行き来していたが、誰一人として、彼の存在に気づいている人はいないようであった。

 それもそのはず、時間帯は午後の2時くらいだったから通行人の多くは、老人や保育士に手をつながれた幼稚園生などばかりで、ストリートビューの存在すら知らない人々が多かったせいではないだろうか。

 当然、そんなカメラが移動していても誰も気づいていない。

 私がそのストリートビューのカメラをグーグルの神様と言うには理由があった。

 1年半ほど前に知人から、グーグルのランチに誘われて参加したことがあったからだ。

 その時、グーグルの社内でストリートビューカメラが大切そうに安置されているのを見た。まるでお神輿のようだなとその時に思った。

 それ以来、私はあのカメラを神と思うようになった。

 神様は世界各地を行脚しておられる。こんな小さな街にも、きちんと廻っておられる。

 有難いことだが何もかもお見通しのようで何だか神様の存在は少し怖い。

 それ以来私は、グーグルのマップを開いて近所を散策することはあるが、どうしてもその交差点のビューだけは開くことができないでいる。

手塚治虫氏と私

 私が初めて手塚治虫氏の漫画を読んだのは小学校3年生の時であった。

 兄が漫画家志望(結局、公務員になったが)の影響で、子供にはなかなか手の届かないような漫画まで家の中に存在していた。

 私は、それらの漫画を兄が不在の時にそっと部屋に入り込み、時間が経つのも忘れて読みふけっていた。その中に手塚治虫氏の漫画も含まれていたのである。

 その当時は、漫画の作者などに興味は無かったが、ある日、手に取った漫画本に衝撃を受けてしまった。その本のタイトルが「火の鳥」であった。

 それは今まで読んできた本とは違っていた。人間の生命の根源を問うような内容であり、読めない漢字がたくさん並んでいるにも関わらす小学生の私は夢中で一気に読んでしまったのである。

 私は、その本を読んだ後、何か息苦しい様な気分を味わった。読んではいけないものを読んでしまった時の罪悪感が、幼い胸の中に拡がっていくのを感じた。「火の鳥」にはそれまでの価値観を覆してしまう鮮烈な衝撃があった

 初版は確か昭和43年であったと思う。それまで読んでいた「少年マガジン」や「少年サンデー」のような子供扱いをしている漫画本とはまるで違っていていた。

 それは、大人の世界を垣間みせるものであり、また、生命の深い溝に引きずり込まれるような恐怖にも似たものがあった。まだ、幼いこころの私に「火の鳥」は毒にも等しいものだったのだと思う。

 私は恐る恐る、この漫画を描いた作者の名前を見た。それが私が初めて眼にした「手塚治虫」という名であった。

 以来、本屋に出向く度に手塚治虫の名前が書かれている本を片っ端から探す癖がついてしまった。それまで読んだことのなかった彼の作品に出会うと、私は甘美な喜びを感じ、わずかな時間を使ってそれを読むことに陶酔した。

 当時の大人たちは、漫画を読むことにあまりいい顔をしなかったのである。それ故、漫画を手にすることに多少なりとも後ろめたさもあった。

 しかし、いつの間にか日本は漫画で世界をリードするような立場になっていった。そして、知らず知らずのうちに漫画は立派な市民権を得るようになり街や人ををデザインするようになってきた。

 そんな時、私は手塚治虫氏のことを思い出すのである。彼が日本の子供達に残していった想像力と愛情は、時代の流れと共にさらに拡大していることを。

 手塚治虫氏が生きていたら、現代社会の漫画の文化の隆盛を喜んでいたに違いない。

 私は「火の鳥」の初版を読んだ時から手塚治虫氏が自分の名声よりも、より普遍的な人間や宇宙の真実の探求のために身を捧げているのだということを子供ながらに感じ取っていた。  

  だからこそ彼の作品は普遍的なものであり、それ故、世界各国の多くの人々に共感とともに受け入れられているのだと思っている。

横断歩道を渡る猫の話

 いつも、仕事やショッピングの行き帰りに通る公園がある。その公園は夕方になると、3〜4匹の猫がたむろしていることが多い。白い猫と、黒い猫。それに斑な猫がいたように記憶している。 猫たちは、何かヒソヒソと話しているようにも見えるし、あくびだけをするために公園に来ているようにも見える。

 きっと、人間が知らない猫の社会があるのかなあと私などは想像しながら横眼で通り過ぎている。

 最近、その中の一匹の白い猫が、丁度、私が帰る頃になると、車の隙間を縫うようにして横断歩道を渡り始める。

 右ひだりを確認することもなく、真っ直ぐ前を見つめたまま走り抜けていく。猫の大きさは人間でいうなら中学生くらいなのか、まだ、世の中のことを良く知らないというような危うさがその動きから読み取れる。

 だから、私は、ハラハラしながら猫に眼が吸い寄せられてしまうのだ。

 信号は確かに赤になり、車は停止している。猫の渡ろうとしている側の信号は青なのだから、問題はないのだが、それを知ってかしらないのか分からないが、猫は迷うことなく飛び出していく。

 一瞬、車に轢かれでもしたらどうしようかとヒヤリとするのだけれど、何食わぬ顔をして、その美しい肢体をくねらせながらヒラリと身をかわして渡って行く。

 この光景を見たのは1回や2回ではない。自宅へ帰る途中で頻回に見ているので、もしかすると一日に何度も横断歩道を渡っているのかも知れない。まるで、スリルを楽しむかのように。

 猫にとって、人間社会はどう映るのだろうか?信号の色の変化をどう捉えているのだろうか?

 車の往来は彼が生まれた時から存在していたのだろうし、今更、車など恐ろしくないのかも知れない。

 猫はこうして毎日、横断歩道を渡って公園に遊びに来て、そして、再び、この横断歩道を渡って飼い主の元に帰る。

 あの猫にとって横断歩道を渡るということは、生きるということなのだろうか。

民衆よ、心に畑を!手には技術を!

スミマセン💦

このページは削除させていただきました💦

取りあえず、100篇のブログ記事を書くことが目標

4コマ漫画「愛しのナースちゃん」第3話を描いている途中で、ペイントが不調になってしまったので、暫くお預け……。

4コマ漫画は文章の合間のスィーツのように思っていたので、その代わりに短編小説を書こうかと思いつきました。私はいつもこのように思いつきで生きてきました。そのため、何も実りとなるものがありません。今も、こうして誰も読んでくれることのないブログを書いています。

 しかし、あるプロブロガーが言っていました。ブログを書き始めても、暫くは何も反応がないけど、それを淡々と続けていて、100篇以上になってくると、フォロワーも出てくるということでした。

 正直、そのプロブロガーはきっと魅力ある記事を書いていたのだと思います。私のような人間がいくら100篇書いたところで、そのような方々が集まってくるとは思えません……。とこんな感じで私は、人生を決めつけてしまうところがあり、そこで作業に魅力を感じなくなって止めてしまうことが殆どでした。

 しかし、今回はその癖を直そうと思います。

 焦らず、欲を持たずに畑を耕すように黙々と記事を書いていこうと思っています。

 この不毛地帯に100篇以上の記事ですか……。

 農民のように、麦わら帽子をかぶり、首に手ぬぐいを巻いて、鍬を持ちながら、固くなって動かない大地の一つ一つを耕していきます。

 とか、言っているうちに、短編小説は次回にしようなんて思い始めてしまいました。

次回、お楽しみに!